大判例

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東京地方裁判所 昭和23年(ワ)670号 判決

原告 東禎一

被告 南雲貞治

一、主  文

被告は原告に対し東京都千代田区神田神保町一丁目一番地所在木造トタン葺三階建一棟建坪十七坪五合、二階十七坪五合、三階十坪の家屋のうち一階の別紙図面に示す(甲)の部分を明渡し、便所台所は原告と被告との共用とし、被告は原告が便所台所に行き來するために右家屋のうちのその余の部分を使用することを妨げてはならない。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は五分しその四を原告の負担としその余を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告において金三万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

二、事  実

原告の求める裁判

「被告は原告に対し主文第一項記載の家屋を明渡せ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言。

原告の事実上の主張

(一)  原告先代浅吉は昭和十九年六月十九日被告に対し主文第一項記載の家屋を賃料一ケ月金二百円、期間は当時應召中の原告の二男精治、三男廣三のうちいづれか一人が復員するまでとの定めで賃貸した。ところが精治は昭和二十年九月二十五日復員したので本件賃貸借契約は右の約旨にもとづいて同日限り終了したものである。浅吉は昭和二十年九月三十日死亡し、原告はその家督相続により右賃貸借上の権利義務を承継したので、被告に対しこの家屋の明渡を求める。

(二)  仮に右のような特約がなかつたとしても本件賃貸借契約は正当事由による解約の申入によつて終了している。すなわち原告の先代浅吉はもともとその家族とともにこの家で書籍商を営んでいたが息子等が相ついで應召して手不足となつたため営業ができなくなり、当時は戰時中で企業整備が行われたときでもあつたので、他に轉業することにして、この家を被告に賃貸したのである。ところが原告は應召中胸部疾患のため昭和十九年三月内地に帰還し臨時陸軍第一病院に入院同年十月退院したが、その後今日まで病床にあつて外出することさえできない。二男精治は昭和二十年九月二十五日復員し、浦和市で露店に等しい古着屋を営んだが失敗し、その後商店につとめているがその收入は自分の生活をやつと維持する程度である。三男廣三は昭和二十一年二月復員し、大宮駅前マーケツトの奥に間口一間、奥行二間の店舗を借受け古書籍商を営んでいるが、その收入では到底一家の生活を支えることができず、かつ右マーケツトは近く取りこわしとなる予定である。かような事情で原告は父の死後收入の途もなく、また資産もなく、その上病床にあり、原告の弟二名は家業であつた古書籍業には精通しているが他の業につくことは不適当であるので、この家屋の返還をうけ古書籍業を営むのでなければ到底一家の生計を維持することができないから、昭和二十二年七月二十日原告は被告にこの家屋の賃貸借契約の解約を申入れた。從つて同日より六ケ月後を経過した昭和二十三年一月二十日の満了を以て賃貸借契約は終了したものである。よつて被告に対しこの家屋の明渡しを求める。

(三)  次に若し本件家屋全部の解約が認められないときは一階のうち別紙図面<省略>に示す(甲)の部分を明渡し、便所及び台所は原告と被告との共用とし、被告は原告が便所台所に行き來するためにこの家屋のうちのその余の部分を使用することを妨げないことを求める。

被告の答弁

原告の請求を棄却するとの判決を求める。

被告が昭和十九年六月十九日原告の先代浅吉から主文記載の家屋を賃料一ケ月金二百円の約束で賃借したこと、浅吉が原告主張の日に死亡し原告が家督相続により本件賃貸借契約を承継したことを認める。

期間についての特約のあつたこと、原告主張の日に原告より解約の申入のあつたことを否認する。その余の事実は知らない。

<立証省略>

三、理  由

原告先代東浅吉は昭和十九年六月十九日被告に主文第一項記載の家屋を賃料一ケ月金二百円で賃貸したこと、原告先代浅吉は昭和二十年九月三十日死亡し、原告が家督相続により右賃貸借契約を承継したことは当事者間に爭いがない。原告は原告先代浅吉がこの家屋を二男精治、三男廣三のうちいづれか一人が復員するまでという約束で賃貸し精治は昭和二十年九月二十五日復員したから右賃貸借契約は終了したと主張するが、若し仮にそういう特約があつたとしても復員の事実により直に賃貸借契約が終了するものでなく、たゞ明渡しを求める正当の事由があるか否かを判断するについての一資料に過ぎないものと解すべきは借家法の規定に照らし明らかである。そればかりでなく証人早川一郎同東琴子同東廣三の各証言及び原告本人の供述によれば原告先代浅吉は二男精治三男廣三が復員したならば本件家屋を被告から明渡して貰う約束であると云つたということであるが、右はいづれも本件契約後浅吉から聞いたというだけで、証人稲垣近義及び被告本人は右のような特約がなかつたと供述しているし、また右証人稲垣近義の証言及び被告本人の供述によれば被告は本件家屋賃貸借に際して造作、権利金九千五百円、敷金五百円を支拂つたことが認められるが右金員は当時としては相当高額であつたことを考えると、右契約に原告主張のような被告に不利益な特約があつたとは認め難くその他これを認めるに足る証拠はない。そうするとこの特約にもとづく原告の家屋明渡は失当である。

次に解約の申入によつて本件賃貸借契約は解除されたかどうかを判断する。原告本人の供述によれば原告は昭和二十年十一月頃から被告に対し本件家屋の明渡を請求していたが、昭和二十二年七月頃被告が賃料を持つて原告方に來訪したとき家屋の明渡を懇請し、賃貸借契約の解約の申入をしたことが認められる。これに反する被告本人の供述は採用しない。しかし被告本人の供述によるも、原告は被告に対し昭和二十二年十一月頃この家屋の半分の明渡しを求め、ついで同二十三年四月頃にもこの家屋の明渡しを求めたことが認められる。そこで原告に明渡を求める正当の事由があるかどうかを考える。証人稲垣近義の証言及び被告本人の供述によると、もともと被告がこの家屋を賃借した当時は戰時中で企業整備が行われ、書籍商の多くは轉業していたときであり、浅吉もまた三人の子供等が相次いで應召して手不足となり営業ができない事情もあつたので、書籍商をやめ、他に轉業しようと思いこの家屋を賃貸することゝした。被告は当時東神田で書籍業を営んでいたが、その家屋が強制疎開されることになり移轉先を探していたところ、稲垣近義からこの家屋が貸家になつていることを聞き、原告先代浅吉に賃借についての交渉をしたが浅吉は権利金として金一万二千円を要求しその後稲垣が中にはいり、昭和十九年六月九日当時としては相当高額であつたが、造作権利金として九千五百円、敷金として五百円を支拂い、賃料一ケ月二百円の約で借受けた。被告は以後引続きこの家屋で書籍店を経営して相当の利益をあげている。この家屋には店員五名と被告の娘(二十五歳)一人、息子(十六歳)一人が起居しており、被告は中野区西町二十九番地に家屋を賃借し居住しているが、そこは営業に適せず、その上その家屋も明渡を求められており、今にわかにその全部を明渡すことは到底できないことが認められる。右認定事実と相違する証人東琴子の証言は信用することができない。他面証人東琴子東廣三の各証言及び原告本人の供述によると現在原告方は原告とその母、弟廣三の三人暮しで、原告は應召中胸部疾患のため陸軍病院に入院し昭和十九年十月三十日退院し、同二十一年九月頃まで父の手傳いをして高円寺で古書籍商を営んでいたが、その後まもなく病気が惡化して自宅で療養するようになつた。弟廣三は昭和二十一年二月三日復員し現在大宮駅前のマーケツト内に間口一間奥行二間の店舗を借受け古書籍商を営み、その收益を以て一家の生計をはかつているが、その收益では生活費や原告の療養費等を到底賄うことができない。弟清治は昭和二十年九月二十五日復員し浦和市内に間借りをして古着商を営んだが、失敗して現在洋品店につとめている。しかし同人はその後妻帶したので原告を援助することはできない。從つて原告は弟廣三とともにこの家屋の返還をうけ、そこで古くからやつている古書籍商を経営して一家の生計をはかりたいと考えておることが認められる。

このように被告は本件家屋を当時としては比較的高額の権利金を支拂つて賃借し、引き続いて営業して相当の利益をあげている実情であり他に適当な移轉先もないことが明かであるから原告には明渡を求める必要性が相当緊迫したものがあると見られるけれども、今直ちに被告に対して本件家屋全部の明渡を求める正当の事由があるとはいえない。したがつて本件家屋全部の明渡を求める原告の請求は失当である。

しかし前にも認定したとおり、この家を原告先代浅吉が被告に賃貸したのは、その息子である原告、廣三及び精治が相次いで應召して手不足のため営業のできなかつたことが大きな原因であつたが、今やこれ等の息子は何れも復員した。たゞ原告は呼吸器を病んで病床にあつてその療養費はかさみ、弟廣三が大宮市のマーケツトの一部を借りて古本屋を営んで漸く一家の生計を立てゝいるが、そこも近く立退を必要とする事情があり、原告が廣三と共に古本屋に適する神田のこの家に帰つて、古くから慣れている古本屋を営み生計を立てたいとの希望をもつている事情も全然無視することはできない。裁判所は二回にわたり現場に臨んで現情を見た上で和解を試みたのであつたが、店舗は別紙図面のとおり、間口二十七尺余、奥行約十九尺あつて相当廣く、甲の部分は矩形をなして奥は狹く、面積は少く、利用價値もさまで大でなく、道路に面する部分は出入口を塞ぎ、(ロ)(ハ)(ニ)の壁面に專門書を並べているに過ぎない。もとより店舗は商店としての生命であるから、その面積が少しでも狹くなることは、被告としては苦痛であるには違いはない。しかし(イ)(ニ)に壁面を設けて、これに書籍を並べることにしても、書棚の面積は大して異る訳ではないのであつて、原告の右のようなさし迫つた事情を考慮するときは、借家人としては家の所有者のためにこの部分を明ける位の犠牲を忍ぶことは情誼としても当然のことである。加うるにこの建物は二階は十七坪五合、三階も十坪あつて居住にも相当余裕があるのであるから、この部分を明渡すことによつて、被告の居住には何等の支障もない。よつて甲の部分を明渡し便所台所を原被告の共用とし、原告が便所及び台所に行來するためにこの家のうちのその余の部分の使用を許す範囲については解約の申入は正当の事由があり、この部分については解約申入の効果が発生したものということができる。從つてこの部分については前記解約の申入後六ケ月の経過により当然賃貸借契約は解除となつたものであるから、原告の本訴請求はこの部分においては正当であるからこれを認容し、その余の部分は失当であるからこれを棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條、第九十二條を、仮執行の宣言につき同法第百九十六條を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 千種達夫)

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